被災地支援

・東日本大震災の発生を受け、政府はどういう動きをしているのか取材し、本を出版しました。

・巻末には政府の被災者支援策をまとめて掲載しています。

・そうした活動と平行して、宮城県や福島県への訪問を重ねています。

仙台市のまいちゃん親子と交流

あるテレビ番組で仙台市のまいちゃんとお父さんが紹介され、私は釘付けになりました。それがきっかけで出版予定の本の冒頭に父娘のことを書かせてもらいました。そして2011年8月に直接訪問。二人の話を聞き、今でも交流が続いています。
少々長いのですが、本から引用致します。

仙台市のまいちゃん(女子・小学校2年生・当時)

被災地の子どもたちが「つなみ」をテーマに作文を書いた。
「つなみのせいで大切なものを流されました」。
仙台市のまいちゃんはそう書いた。だが、何をなくしたかは一言も触れていない。

作文を見たまいちゃんのお父さん。
「『大切なものをなくしました』という言葉にすべての気持ちが込められている」。
お父さんとまいちゃんは二人して、家が建っていた場所に足を運んでみた。
まいちゃんは、学用品も、洋服も、おもちゃも流された。
家も流された。

そして一緒に住んでいた母方のおばあちゃん、おじさん、気仙沼市に住んでいた父方のおじいちゃん、おばあちゃん、おじさんが流された。 そして大好きだったお母さんが、生後4ヶ月の弟を抱いたまま流された。
お父さんはその場に立つと涙で顔がぐしゃぐしゃになる。
まいちゃんはあの日からおとうさんが「泣き虫お父さん」になったと言う。
だから自分は泣かない。ぐっとこらえ、何を失ったかは口に出さない。

「大丈夫だよ」とお父さんには言う。
ごはんをいっぱい食べて、早く大きくなって、お父さんを支えたいと思う。
お父さんが泣いて、まいちゃんが努めて明るく振舞う。
そんなまいちゃんを見て、お父さんは頑張らなくてはとこみ上げてくる。

*  *  *  *

背負いきれないような境遇の中で、まいちゃんは自分の悲しみに浸るより、泣き虫お父さんを励ましている。
東日本大震災で、状況の違いはあれ、多くの方々が、いかんともしがたい不条理に見舞われ、それを静かに受け入れている。
痛みを分かち合いながら、励まし合っている。
明日を向いて歩いていこうとしている。
被災地の皆さんのことは、日本人の心から決して離れない。
まいちゃんやお父さんのような被災者の方々が、一日も早く元気と希望を取り戻してほしい。
そう切に願います。
(【政治は動いていないのか】 岩渕美智子著 パブラボ社)

正直、お父さんはなかなか喪失感から立ち上がれないでいます。
でもそれは自然なことだと思います。
最愛の人達を一遍に失ったのですから。
私はただ二人の話を聞くことしかできません。
申し訳ないと手を合わせながら、交流をずっと続けていきたいと思っています。

福島県南相馬市のお手伝い

・2011年と2012年に福島県南相馬市を訪問しました。
・同市は地震、津波、原発事故の3つの被災を経験。
・人口7万人に対し死者・行方不明者は約2000人にも上りました。
・南相馬市の皆さんが自立的に前に進めるよう約1年間関わりました。
・現在は自主的に活動を展開され、「相馬野馬追」も復活し活気を取り戻しています。

2012年2月18日・19日 福島県南相馬市を再々訪問

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南相馬市で、「南相馬ダイアログフェスティバル」が開催され、私も参加しました。
「東北コミュニティの未来・志縁プロジェクト」のHPから引用・参照させて頂き報告します。

『南相馬ダイアログフェスティバル』
  ~みんなで未来への対話をしよう~

・日にち 2012年2月18日・19日
・主催  南相馬ダイアログ実行委員会(南相馬を主とした福島県浜通りの市民活動団体15グループ)
・共催  南相馬市教育委員会/アースデイ東京/東北コミュニティの未来・志縁プロジェクト
・場所  南相馬市民会館「ゆめはっと」

①桜井市長と加藤登紀子さんの対話

桜井市長

原発によって自分たちの運命が変えられてしまって、ありえない現実を突き付けられた。
その上で覚悟を持って原発を推進しようという人はここにはいないだろう。
我々は今当たり前の現実から出発しなければいけない。
この街がほんとに立ち直っていくためには、それぞれが互いのことを思いやる気持ちをしっかり持って、みんなで一緒にこの街をつくっていこう!
「国がやらなくても俺たちがやろうじゃないか」というぐらいの心意気でいきたいと思う。

加藤さん

ここから新しい時代をつくっていく。自分のチカラで明日を切り拓き、かっこいい南相馬をぜひ発信していただいて・・・東京からドンドン人を呼びましょう。

②「ふくしまから始めるエネルギー革命」

東北大学大学院 環境科学研究科 須藤祐子 助教

◎ 現在の生活は地球の容量を大きく超えている
⇒ 将来は地球一個分に収めることが必要であり、どうやってこれを実現するかを皆で考えたい

◎ 「人の慾」をベースとして、「豊かな暮らし」と「地球環境問題」を両立させようとしても無理がある。
両立する僅かな領域でしか答えがない。・・・これを「エコジレンマ」という
⇒ 有限な地球環境という制約をベースにして、「豊かな暮らし」を考えれば地球と共存した生活文明が成り立つ
資料提供:東北大学大学院 環境科学研究科 石田研究室

みんなの想いをつなげる「ツリーづくり」

「どんな未来にしたいですか」という想いを桜の花びらに、「なにが一番知りたいですか」をケヤキの葉っぱに、それぞれ書いて、大きなツリーをつくりました。

「どんな未来にしたいですか」メッセージのいくつかを紹介します。

◎ 人と自然が共存しあって自然の大切さを忘れずに、人間一人ひとりが自然を愛する心を持った未来(中3女子)
◎ 放射能を気にせず快適に暮らせるまち(小5男子)
◎ 自然エネルギーだけで生きていける未来(小6女子)
◎ みんなで前のように平和に暮らしたい(中1男子)

桜井市長さんにも、市民の一人として「想い」を書いて頂きました。

参加者の感想

・自分たちが動いていくことの大切さを強く感じました。
・これをきっかけに、皆で一緒に対話をしながら、未来のことを考えていきます。
・とても素晴らしい気づきの場でした。

最後に実行委員会メンバー、協力者、スタッフの皆さんでパチリ

【岩渕の感想】

昨年、南相馬市の方々にお会いした時には、「これからどうしたらいいのだろうか・・・」という不安の中にいらっしゃいました。 それが今回は、「自分達で未来をきり拓いていこう」と、前向きのエネルギーに溢れた会となり、ビックリしながらとても嬉しかったです!

個人的には作家の柳美里さんが、お爺ちゃん・お婆ちゃんの被災の体験に、丁寧に耳を傾けていることに心動かされました。 お爺ちゃん・お婆ちゃんたちは、戦争を体験し悲惨な目にあい、それを乗り越え幸せな内に人生を終わらせたいと思っていたところへ、3・11の地震、津波、原発事故の発生でまたゼロになってしまった、と。

一方で、福島から一時避難し他県で生活し時、周囲の人達がとても親切に温かく迎えてくれ、そういう対応をされたことが中々なかったため、とても幸せに感じたとのこと。 幸せを感じる感覚を失っていないことに感動しつつ、明日への希望を見出すことができたように強く思いました。 これからも皆さんに寄り添っていきたいと思います。

2011年11月28・29日 福島県南相馬市を再び訪問

・原発事故の影響を深く受けている南相馬市を再訪しました。
・地元の市民活動団体の皆さんが(震災後に立ち上がった組織もあります)、「外からいろいろな支援を受けてきた。この辺でこちらからも頑張っている姿を発信していきたい」ということで、第1回目のワークショップに参加しました。
・先回の東北コミュニティの未来・志縁プロジェクトに加わる形での参加です。
・その時のレポートを同プロジェクトの中山弘氏がまとめてくれていますので紹介します。

11月28日 南相馬 未来へのダイアローグ ワークショップ(W/S)を開催しました。


配布資料
「南相馬 未来へのダイアローグ(仮称)進行報告 & 企画案(第一稿)
「南相馬 未来へのダイアローグ(仮称)考え方

1.未来へのダイアローグとは

◎趣旨説明

・そろそろ市民として未来を考えたい。 ・復興に向けて市に何かをやってと求めるというよりも、自分たちでつくっていきたい。
・これまでバラバラに動いてきたが、次のステップに向けて皆で一緒に考えていきたい。

・2月にゆめはっとでイベントも予定しているので、何かを企画していきたい。
・南相馬のエリアの違いを超えて世界に発信して行けたら。
・可哀相だねと思われる地域ではなく新しい社会をリードしていけるようになりたい。
・これまでは与えられる一方だったが、これからは与えられるようにもなりたい。

・人のために、なにかができるようになっていきたい。
・若い人が参加する集まりとしたい。

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◎意見交換

・2月のイベントにぶっつけ本番というわけにはいかない。
・情報を事前に集めたり、あらかじめテーマを考えていくことが必要。
・2月のイベントがゴールではなくて、これは通過点。

・こういう成果があると紹介発表する場。
・関係するグループの活動をPRする場にもしたい。
・皆で、一緒に未来を考えていくことに価値がある。
・アースダイアログin福島、地球サミット@リオなどを通して世界に発信したい。

・世代間、三地域間、いろんなグループ間の交流の場になると良い。
・放射能に関して、行政と市民の乖離があるが、この橋渡しができると良い。
・行政も加わってもらい協働できるように進めていきたい。

2.ダイアローグのテーマ

グループ対話②:関心のあるテーマ

◎避難している人たちの想い  と立場も考えていきたい
・県外に行っている人たちの想いを取り入れたい
・ここに居ない人たちとどう対話をすれば良いのか考えたい
◎「幸せってなんだっけ」をあらためて見つめなおしたい
・物質的な幸せと精神的な幸せとの関係
・新しい生き方を考えられたら良い
◎次のようなことを考えたい
・南相馬の宝物ってなに?

・家族のありかた
・今後の街づくりについて
・日本の中の南相馬
・世界の中の南相馬
・除染について

◎地元の想いを明らか
・ミドルエイジの気持ち 3.11をきっかけに故郷を奪われて何とかしたいと強く思うようになった
・若者のここに残りたい理由は
・どこが好きか知りたい
・未来への子どもたちへ⇒図1


◎行政と市民を支援団体が繋いでいくことが大切

・住民と行政の協働をサポート ⇒ 図2
・南相馬から発信(発進)し、日本へ、世界へ

◎5つの桜の花びらで考えたい
① 育む: 子どものこと/仕事のこと、除染のこと、文化のこと
② 住む: 安心して住むには 心のサポート 医療 コミュティ
③ 考える: ホントの復興とは
④ 楽しむ: 色々な体験(ワークショップ) ライブ ゲーム他
⑤ 交わる: 世代間 地域間 団体同士 まずは南相馬から
⇒ 図3

【図1】地元の人たちの想いを明らかにしたい

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【図2】住民と行政の協働をサポートする:南相馬から日本、そして世界に発信

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【図3】桜の花びらのように5つのテーマを考える

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グループ対話③:どんな問いかけをしたいか

(最終シールアンケート結果  一人二票 参加者25名?★の数が多い順)

交わるゾーン 市民が交流するためには? ★★★★★★★★
考えるゾーン  ホントの復興とは? ★★★★★
好きな理由を「語る」 ★★★★★
幸せってなんだっけ? ★★★★
知りたい!若い人たち(市民が)なにを求めているのか?(これからの南相馬、支援、コミュニティ) ★★★
南相馬市の宝物って何? ★★
放射能の利用価値? ★★v 楽しむゾーン 前を向いて生きていくためには? ★★
聞きたい! この町、好きななの?(どんだけ好きなの?・どこが好きなの?) ★★
どんな未来が望ましい? ★★
若い人々がどんな未来を思い描いているのか? ★★
目的の目線をひとつに。情報共有&発信 行政+団体+市民 ★
南相馬市に人を呼ぶには? ★
普通の生活に戻るには?自分目線の幸せ ★
家族団らん(親戚・地縁・友人等々) ★
今後の街づくりは? ★
家族のあり方? ★
日本(世界)の中の南相馬市とは? ★
この町再発見! ★
子供がやりたいこと、の意見交換をするために必要なことは? ★
「除染と付き合う」から「除染と向き合う」ことに必要なこととは? ★
子供達以外で未来へつなげる宝ものとは? ★

お疲れ様でした。  ・・・ということで、はい、ポーズ!!

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2011年10月 月刊誌「財界」に投稿しました

・月刊誌「財界」11月号に 「政治は動いていないのか」を投稿しました。(11月発売)

・月刊誌「リベラルタイム」12月号に「マスコミが伝えない被災地の復旧、復興の実情」を投稿しました。(11月発売)

2011年9月10日~15日 福島県と宮城県を訪問しました。

福島県と宮城県を訪問しました。 東北コミュニティー・志縁プロジェクトの共同代表・中山さんが案内してくれました。
中山さんが詳しいレポートを作成してくれましたので、ここに紹介させて頂きます。

亘理いちごっこ訪問(宮城県亘理町)

9月11日はコミュニティ・カフェ・レストラン「亘理いちごっこ」を訪問しました。

亘理いちごっこは、宮亘理町のコミュニティースペースです。

被災された方やボランティアの方には無料でお食事を提供するとともに、図書コーナーや支援物資コーナー、それに「お話聞き隊」による傾聴、その他、いろんな活動をしています。
今のところ、火、木、土、日がオープン日で、時間は11:00~19:00です。
現在の場所は20坪の建物のなかの、24畳の広いお座敷が飲食スペースです。

たくさんの人が訪れています。

いちごっこ馬場照子さん と 岩渕

馬場さんのお話

◎ 行政がケアできないところを面倒をみるのが役割だと考えています。
・いろんな相談を受けています。(住まい、支援制度、介護ケアなどなど)
・家族のような気持ちで困りごとに応じる
・寄り添う気持ちが大切です。
・仮設住宅に入らずに、知人宅やアパートなどに入っている人が行政サービスから洩れがち

◎お話聞き隊で聞いたことをどう伝えるかが難しいところです。
・行政にとって、うるさいと思うか、頼りになると思うかは微妙なところ
・信頼関係をどう築けるかがポイント
・住民と行政を繋げるような役割にできたら良いと思う。

支援物資コーナー:「ご自由にお持ちください」

図書スペース:児童書、辞書など多彩です

◎ 今後に向けて、新拠点を計画中

・仮設住宅に、店舗や食堂ができるのをきっかけに、新たな拠点をつくりたい
・建築関係の学生ボランティアたちが考えてくれている

新いちごっこ・コンセプトとパース

新いちごっこ・レイアウト模型

◎これからは、自立に繋がる支援が大切

必要迫られる『循環型支援』

・お金の循環
~自分自身が食事をしつつ、次の食事提供の資金に活かされる
~全国からの支援物資や支援金
~食事による「志」

・「こころ」の循環
~ 差し出しただけで終わらない
~ 顔の見える関係
~ 一方通行ではなく双方向
~ 支援された側が支援する側に回る

南相馬市情報ステーション「桜風」を訪問

9月12日は、馬場さん、馬場さんのお嬢さんが、相馬、南相馬との連携のために、相馬の和みサロン「眞こころ」と、南相馬市情報ステーション「桜風」を訪問。
カフェの開き方や、情報コーナーの作り方、傾聴の方法など、いろんな話題で盛り上がりました。
協働のネットワークがつながりそうです。

◆サイヤ隣の「南相馬市情報ステーション『桜風』にて
馬場さんのお嬢さん 馬場さん 西野さん 岩渕


初めてフクシマに来たという馬場さんのお嬢さんは、原発や放射能についてあらためて考えるようになったと言ってました。

福島県における除染への取組み

10日から13日まで福島県における除染の取り組みについて各所を回りました。

1 NPO法人実践街づくり:南相馬市
2 講演会「放射能から母体、子どもを守り、子どもと豊かな未来のために」:南相馬市
3 講演会「来春より農業の本格開始に向けて」:相馬市
4 飯館村役場:飯館村

1 NPO法人実践街づくり:南相馬市

除染活動に積極的に取り組むNPO法人実践街づくりの箱崎理事長と意見交換をしました。

課題

・除染作業はスタートしているものの、まだ除染ノウハウが確立されていず除染の質が確保できない。
・複数の専門家の方に指導いただいているが、観点や手法の共有が図られておらず、その力を十分には発揮できていない。
・計測、除染作業に、多様な施行者が参入しているが、作業の質がバラバラである。
・地元に除 染などを体系化、システム化の経験が少ない。
・除染作業の安全に対する配慮が足りない。

結果として
・住民に は、なにをどこまでやれが良いのか? どの方法が良いのか?
 ・・・・戸惑いが出始めている。
・除染の「質」を確保するのが難しい。

対応策

・計測や除染の方法、ノウハウを共有するために、一元管理をする
・専門家、実施主体を束ねるようなプロジェクトをつくり、意思決定プロセスやノウハウの蓄積と活用を図る
・地元に働く場をつくると共に技術の定着を図る

南相馬で除染復興モデルをつくりたい

・南相馬は、警戒区域、緊急時避難準備地域、計画的避難区域、定避難勧奨地点の四つの放射線区分と、指定外の地域があり、フクシマが抱えている課題の縮図
・南相馬で開発した手法がフクシマのモデルケースとなって全体をリードする
 ⇒相双地方、中通りにも水平展開
 ⇒国際貢献にも繋がる

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2.講演会「放射能から母体、子どもを守り、子どもと豊かな未来のために」

・9月12日夜、南相馬市原町3小体育館。
・講師 日本原子力研究開発機構(JAEA) クリーンアップ分科会 天野 治 氏
・参加者 約150人  (8月8日に比べて、中高年の方が多かった)
・南相馬市の桜井市長が参加

天野治 講師のお話(1)

天野治 講師のお話(2)


◎会場からの主な質問

Q.セシウム137は半減期が 30年。体内で放射能を出すから不安がある。
  ⇒A.体外に早く排出されるから大丈夫。

Q.安心して生活できる値はいくつなのか? 人工線量 1mSV、自然 0.6mSVとしている自治体もある。年配者は講演を聴きにくるが、若い人はいない。 子ども、孫と暮らしたい。
  ⇒A. 目標は1年で 1/2、二年でさらに1/2、あわせて 1/4にすること。

Q.東大の児玉先生は、原則論で放射能は危険だから極力減らす。いっぽう天野先生は、なるべく減らす、でスタンスが違う。土壌の漉き込みや代掻きをやると、セシウムをが長く貯めこむことにならないか?
  ⇒A. 児玉氏の貯蔵方式は原発などのの局部的汚染への対処法。 広域汚染には適しない。

Q.学校だけ除染しても、地域全体を下げないと子どもたちは帰ってこれない。通学路、生活環境、すべてができてから住ませるべき。
  ⇒A. 学校は1/3~1/5となり、校庭は0.1~0.15となった。あとは、これからの取組み。

Q.過去2ヶ月間、線量は変化していない。住んでる家のほうが長くいるのだから、これを下げないとダメ。(雨の日、湿気のある日は低く、乾燥すると高い)     竹藪など全部やらないと線量が下がらない。

Q.3月12日~20日に放射能が降り注いだのは分かっていたはず。その影響をもっと分かりやすく説明して欲しい。 何を基準にして、食品が500ベクレルなのか? 何がどうなっているか示して欲しい。

住民の皆さんの切実な想いと疑問をあらためて感じた講演会でした。

3.講演会「来春より農業の本格開始に向けて」 ~田んぼ・畑のクリーン化

・9月13日午前、JAそうま本店3階の会議室
・講師 日本原子力研究開発機構(JAEA) クリーンアップ分科会 天野 治 氏
・参加者 約100名

対象はJAそうまの職員や関係者の皆さん

がんばろう福島の職員の前で講演する天野先生


◎ 組合長のお話

・フクシマという名前が付いただけでモノが売れない
・南相馬は作付禁止。雑草が背丈ほどに茂っている。長く放置すると再生がたいへんになる。できることからやっていく。
・いつまでも補償に頼っていたのでは力がなくなっていく。
・田畑や生活を奪われる”いわれ”はない。やってみて実績にして、東電や国に要求していく。
・行動すること、声を上げることが大切だ!!
・自分の田だけやってもダメ。 周りも一緒に皆でやること。

◎ 質疑

Q. 草刈りしたら通常より高かった。どうすれば良いか?
 ⇒ A. 乾燥して燃やす。 灰の線量が高ければ灰を埋める

Q.一回表土を入れ替えても、またやったら出てくるのではないか?
 ⇒ A.たぶんそんなに線量は上がらない

Q. 南相馬は安全だと言っても、テレビ番組や、京都の大文字などいろいろある。売る対策を建てないと作っても売れない。どう考えるか?
 ⇒ A.ブランドの再生。 しかけが必要。風評被害を消すには待っててはいけない。

Q.除染費用を確実に得る方法はあるか?
 ⇒ A.個別にやるよりも地区などで一括でやるのが良い。
 標準見積もり(時間・費用) ⇒ 一括見積り ⇒ 個別はその上で

4.飯舘村における除染の考え方

・9月13日午後、村役場飯野支所村長室での、天野さんと職員の方の打ち合わせに同席しました。

◎ 飯舘村の考え方

・放射能を後世に残したくないので物理的に無くしたい。
・故に「ハギトリ」を基本方針としている。
・帰るために最大限の努力をする。
・作物をつくろうという感覚はあまりない。

◎ 天野さんの考え方

・クリーン化しても、誰も来れないではダメ
・農業ができる方法でクリーン化したほうがよい
・基本的に飯舘村の復活を考えたい

その他の意見

・村長は「2年ぐらいで」と言っており、線量が低くて戻れるところはやっていく
・年寄りは戻ってこれても、子どもは難しいかもしれない。
・避難を優先したので、除染が遅れた。
・国はセシウムを燃やすなと言っている。 ⇒ 蒸し焼きにして回収なさいとの指示
・田んぼには アカザが生えて、太く育ってる。
・杖にもなる木で、ちょっとやそっとじゃ片付かない。

★同席した、菅野うめさん(80歳) のお話

・二年は辛い。一年ぐらいで戻りたい。
・これまでの暮らしを85歳ぐらいまではやろうと思っていたのにこんなことになってしまった。
・畑仕事や家の周りのことをやったり、ゆったり暮らしてきたのに、今は仮設の狭い部屋のなかで何もやることがなく辛い。
・3日間、元の家に戻ったけど幸せだった。
・仮設に戻ると頭痛がするし体がおかしくなる。
・仮設の友達たちも皆、下向いて座ってるだけ。
・じっとしていると涙が出てくる。
・早く帰りてぇ・・・・・!!

最後の言葉、「早く帰りてぇ・・・・・!!」が胸に刺さりました。自らの意志で戻るという選択肢もあるように思いました・・・・・

2011年8月19日~22日 宮城県に行く

19日に宮城県庁、20日・21日に被災現場、22日に再び県庁を訪問しました。

県庁で環境生活部・廃棄物処理課でガレキ処理などについて話を聞きました。
「対応が遅れている」と言われているが、ガレキや廃棄物の1次仮置き場、2次仮置き場などを確保するのにも地元の住民の合意が必要で、時間を要した。 (そもそも仮設住宅の土地確保が第一であった。)

まず目の前のガレキを取り除き一時的に運んでおくのが1次仮置き場。
場所の確保は終え、作業が進んでいる。2次仮置き場では分別、リサイクル、焼却を行う。

例えば石巻ブロック(石巻市、東松山市、女川町)では2次仮置き場の場所を確定し、約2400億円かけて選別、粉砕、焼却の施設を建設する。 事業を行う企業をプロポーザル形式で募集したところ。8月中に決まるだろう。それから始まる、とのことでした。

とにかく宮城県内だけでも廃棄物の量は膨大です。
政府は3年間で処理する、とメドを立てています。

今県や市が全力で取り組んでいますが、どうしても時間を要するものだと感じました。

県の震災復興企画部・震災復興政策課も訪ねました。
国には国の復興構想会議による復興案があり、県には県の復興案があり、市町村でも作成中。
これら3層にわたる案を調整し、かみ合わせ、復興を進めていく。

国からの押し付けはいけないし、地元住民の声を十分活かさなくてはならない。
スピードを上げることは必要だが、拙速なやり方は禍根を残す。
5年先、10年先を見据えた復興計画を立て実施すべき。とのことでした。

早く前に進めよ、という声もありその通りなのですが、津波で流された被災地などは、一からまちづくりを始めるに等しいところがあります。
本来2~3ヶ月でまちづくりの構想や計画を作るには無理があります。
早さばかりを優先するのではなく、じっくりとした取り組みも大切だと感じました。

被害が大きかった石巻市から名取市まで友人に車で案内してもらいました。
私が見た限りでは、ガレキ処理は進んでいました。
ただ町によっては、ガレキが取り除かれても再び津波がくるかもしれないと考えると、その土地を放棄せざるを得ない、というところもあります。

そこに家があり、人が住み、生活が営まれていたのに、と思うとぐっと切なくなりました。
でも前に進むには、そうした選択や決断も必要となるのでしょう。

・宮城県の名取市から石巻市まで車で回りました。
・ガレキは徐々に撤去され仮置き場に搬送されています。
・自宅跡地を車で見にくる方々に多数出会いました。
・いろいろな思い出を振り返っておられるのだと思います・・・。

・避難所がコミュニティーのようになり「出たくないのですが」という方々がいらっしゃいます。
・仮説住宅に入ってからの人のつながり方が問われています。
・既に仮説住宅の中には、住民が気軽に入れる集会場を設置し、移動カフェや移動図書館などが訪れているところもあります。
・市民の知恵やアイデアが生きてくると思われます。